2020年5月7日木曜日

5月10日 礼拝のご案内(復活節第5主日)

COVID-19の感染防止のため長野県でも外出を極力避ける宣言がされました。

とても、残念ですが、4月19日の礼拝から当面「集まっての礼拝」を中止します。一部の出席出来ない方々とは、電話の音声で同時的に礼拝に参加できていますが、不特定多数とはまだ技術的にできません。申し訳ありませんが、当面、別の方法を検討しますのでご理解下さい。

10:15 通信の確認
10:30~11:10

招詞:さて、あなたがたは、キリスト共に復活させられたのですから、上にあるものを求めなさい。そこでは、キリストが神の右の座に着いておられます。(コロサイ3章1節)

出エジプト記15章22~27節

 モーセはイスラエルを、葦の海から旅立たせた。彼らはシュルの荒れ野に向かって、荒れ野を三日の間進んだが、水を得なかった。マラに着いたが、そこの水は苦くて飲むことができなかった。こういうわけで、そこの名はマラ(苦い)と呼ばれた。民はモーセに向かって、「何を飲んだらよいのか」と不平を言った。モーセが主に向かって叫ぶと、主は彼に一本の木を示された。その木を水に投げ込むと、水は甘くなった。
 その所で主は彼に掟と法とを与えられ、またその所で彼を試みて、言われた。
 「もしあなたが、あなたの神、主の声に必ず聞き従い、彼の目にかなう正しいことを行い、彼の命令に耳を傾け、すべての掟を守るならば、わたしがエジプト人に下した病をあなたには下さない。わたしはあなたをいやす主である。」
 彼らがエリムに着くと、そこには十二の泉があり、七十本のなつめやしが茂っていた。その泉のほとりに彼らは宿営した。

ヨハネによる福音書21章15~19節

 食事が終わると、イエスはシモン・ペトロに、「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」と言われた。ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの小羊を飼いなさい」と言われた。二度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの羊の世話をしなさい」と言われた。三度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロは、イエスが三度目も、「わたしを愛しているか」と言われたので、悲しくなった。そして言った。「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます。」イエスは言われた。「わたしの羊を飼いなさい。
 はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるのかを示そうとして、イエスはこう言われたのである。このように話してから、ペトロに「わたしに従いなさい」と言われた。

讃美歌:こどもさんびか34-4番、

    讃美歌21-333番①⑤、519番①③

説教題:死ぬ時まで続けなさい

説教:島津牧師


2020年5月1日金曜日

5月3日 礼拝のご案内(復活節第4主日)集まれないけれど

COVID-19の感染防止のため長野県でも外出を極力避ける宣言がされました。

とても、残念ですが、4月19日の礼拝から当面「集まっての礼拝」を中止します。一部の出席出来ない方々とは、電話の音声で同時的に礼拝に参加できていますが、不特定多数とはまだ技術的にできません。申し訳ありませんが、当面、別の方法を検討しますのでご理解下さい。

10:15~通信の確認
10:30~11:10

招詞:

だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。

古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。コリントの信徒への手紙(2) 5章17節

イザヤ書42章16節
 目の見えない人を導いて知らない道を行かせ
   通ったことのない道を歩かせる。
 行く手の闇を光に変え
   曲がった道をまっすぐにする。
 わたしはこれらのことを成就させ
   見捨てることはない。

ヨハネによる福音書21章1~14節

 その後、イエスはティベリアス湖畔で、また弟子たちに御自身を現された。その次第はこうである。シモン・ペトロ、ディディモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの子たち、それに、ほかの二人の弟子が一緒にいた。
 シモン・ペトロが、「わたしは漁に行く」と言うと、彼らは、「わたしたちも一緒に行こう」と言った。彼らは出て行って、舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。既に夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。だが、弟子たちは、それがイエスだとは分からなかった。イエスが、「子たちよ、何か食べるものがあるか」と言われると、彼らは、「ありません」と答えた。イエスは言われた。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引き上げることができなかった。イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに、「主だ」と言った。シモン・ぺトロは「主だ」と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ。ほかの弟子たちは魚のかかった網を引いて、舟で戻って来た。陸から二百ペキスばかりしか離れていなかったのである。さて、陸に上がってみると、炭火が起こしてあった。その上に魚がのせてあり、パンもあった。イエスが、「今とった魚を何匹か持って来なさい」と言われた。シモン・ペトロが舟に乗り込んで網を陸に引き上げると、百五十三匹もの大きな魚でいっぱいであった。それほど多くとれたのに、網は破れていなかった。イエスは、「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と言われた。弟子たちはだれも、「あなたはどなたですか」と問いただそうとはしなかった。主であることを知っていたからである。イエスは来て、パンを取って弟子たちに与えられた。魚も同じようにされた。イエスが死者の中から復活された後、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である。

讃美歌:こどもさんびか34-3番

     讃美歌21-333番①④、572番①③

説教題:3度目の召命


説 教:島津牧師


2020年4月26日日曜日

4月26日 礼拝中止のご案内(復活節第3主日)

COVID-19の感染防止のため長野県でも外出を極力避ける宣言がされました。


とても、残念ですが、19日の礼拝から当面「集まっての礼拝」を中止します。一部の出席出来ない方々とは、電話の音声で同時的に礼拝に参加できていますが、不特定多数とはまだ技術的にできません。申し訳ありませんが、当面、別の方法を検討しますのでご理解下さい。

招詞: 苦難の中で、わたしが叫ぶと

      主は答えてくださった。

    陰府の底から、助けを求めると

      わたしの声を聞いてくださった。(ヨナ書2章3節)

ヨハネによる福音書20章24~31節


十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。
 そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」
 このほかにも、イエスは弟子たちの前で、多くのしるしをなさったが、それはこの書物に書かれていない。これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じてイエスの名により命を受けるためである。

讃美歌:こどもさんびか34-2番

    讃美歌21-355番①④、467番①③

説教題:一人のために主が来られた


説 教:島津牧師

2020年4月21日火曜日

2020年4月16日木曜日

4月19日 礼拝中止のご案内(復活節第2主日)

COVID-19の感染防止のため長野県でも外出を極力避ける宣言がされました。

とても、残念ですが、19日の礼拝から当面「集まっての礼拝」を中止します。一部の出席出来ない方々とは、電話の音声で同時的に礼拝に参加できていますが、不特定多数とはまだ技術的にできません。申し訳ありませんが、当面、別の方法を検討しますのでご理解下さい。



招詞:上にあるものに心を留め、地上のものに心を引かれないようにしなさい。あなたがたは死んだのであって、あなたがたの命は、キリストと共に神の内に隠されているのです。(コロサイの信徒への手紙2章2~3節)

ダニエル書6章19~25節

 6:19 王は宮殿に帰ったが、その夜は食を断ち、側女も近寄らせず、眠れずに過ごし、
 6:20 夜が明けるやいなや、急いで獅子の洞窟へ行った。
 6:21 洞窟に近づくと、王は不安に満ちた声をあげて、ダニエルに呼びかけた。
「ダニエル、ダニエル、生ける神の僕よ、お前がいつも拝んでいる神は、獅子からお前を救い出す力があったか。」
 6:22 ダニエルは王に答えた。「王様がとこしえまでも生き永らえられますように。
 6:23 神様が天使を送って獅子の口を閉ざしてくださいましたので、わたしはなんの危害も受けませんでした。神様に対するわたしの無実が認められたのです。そして王様、あなたさまに対しても、背いたことはございません。」
 6:24 王はたいそう喜んで、ダニエルを洞窟から引き出すように命じた。ダニエルは引き出されたが、その身に何の害も受けていなかった。神を信頼していたからである。
 6:25 王は命令を下して、ダニエルを陥れようとした者たちを引き出させ、妻子もろとも獅子の洞窟に投げ込ませた。穴の底にも達しないうちに、獅子は彼らに飛びかかり、骨までもかみ砕いた。

ヨハネによる福音書20章19~31節

 その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」
 十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。
 そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」さて、八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」
 このほかにも、イエスは弟子たちの前で、多くのしるしをなさったが、それはこの書物に書かれていない。これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスはメシアであると信じるためであり、また、信じてイエスの名により命を受けるためである。

讃美歌:子どもさんびか34-1番

    讃美歌21ー331番、450番、452番

説教題:目には見えない真理の力

説教:島津牧師