2022年5月19日木曜日

5月22日 主日礼拝のご案内(復活節第5主日・地区交換講壇)

スマホとLINEによる礼拝参加が可能です。ネット配信はしていません。

希望される方は akotozakura@yahoo.co.jp まで事前にお問い合わせ下さい。

10:30~

招詞:あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、  憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。(コロサイの信徒への手紙3章12節)

讃美歌:こどもさんびか34番-1番
    讃美歌21-325番、494番

説教:「見ないで信じる者の平和」  川本 恵子 牧師

イザヤ書42章1-9節

見よ、わたしの僕、わたしが支える者を。
わたしが選び、喜び迎える者を。
彼の上にわたしの霊は置かれ
彼は国々の裁きを導き出す。
彼は叫ばず、呼ばわらず、声を巷に響かせない。
傷ついた葦を折ることなく
暗くなってゆく灯心を消すことなく
裁きを導き出して、確かなものとする。
暗くなることも、傷つき果てることもない
この地に裁きを置くときまでは。
島々は彼らの教えを待ち望む。

主である神はこう言われる。
神は天を創造して、これを広げ
地とそこに生ずるものを繰り広げ
その上に住む人々に息を与え
そこを歩く者に霊を与えられる。
主であるわたしは、恵をもってあなたを呼び
あなたの手を取った。
民の契約、諸国の光として
あなたを形づくり、あなたを立てた。
捕らわれ人をその枷から
闇に住む人をその牢獄から救い出すために。

わたしは主、これがわたしの名。
わたしは栄光をほかの神に渡さず
わたしの栄誉を偶像に与えることはしない。
見よ、初めのことは成就した。
新しいことをわたしは告げよう。
それが芽生えてくる前に
わたしはあなたたちにそれを聞かせよう。

ヨハネによる福音書19章19-29節


ピラトは罪状書きを書いて、十字架の上に掛けた。それには、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と書いてあった。イエスが十字架につけられた場所は都に近かったので、多くのユダヤ人がその罪状書きを読んだ。それは、ヘブライ語、ラテン語、ギリシア語で書かれていた。ユダヤ人の祭司長たちがピラトに、「『ユダヤ人の王』と書かず、『この男は「ユダヤ人の王」と自称した』と書いてください」と言った。しかし、ピラトは、「わたしが書いたものは、書いたままにしておけ」と答えた。
 兵士たちは、イエスを十字架につけてから、その服を取り、四つに分け、各自に一つずつ渡るようにした。下着も取ってみたが、それには縫い目がなく、上から下まで一枚織であった。そこで、「これは裂かないで、だれのものになるか、くじ引きで決めよう」と話し合った。それは、
 「彼らはわたしの服を分け合い、
 わたしの衣服のことでくじを引いた」
という聖書の言葉が実現するためであった。兵士たちはこのとおりにしたのである。イエスの十字架のそばには、その母と姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアとが立っていた。イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。


2022年5月13日金曜日

5月15日 主日礼拝のご案内(復活節第5主日)

 スマホとLINEによる礼拝参加が可能です。ネット配信はしていません。

希望される方は akotozakura@yahoo.co.jp まで事前にお問い合わせ下さい。

10:30~

招詞:あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐           れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。

       (コロサイ3章12節)

讃美歌:こどもさんびか34番5番

    讃美歌21ー171番、509番

説教:「命の声が響いている」  島津 晃 牧師


イザヤ書8章9~15節

 諸国の民よ、連合せよ、だがおののけ。

 遠い国々よ、共に耳を傾けよ。

 武装せよ、だが、おののけ。

 戦略を練るがよい、だが、挫折する。

 決定するがよい、だが、実現することはない。

 神が我らと共におられる(インマヌエル)のだから。

主は御手をもってわたしをとらえ、この民の行く道を行かないように戒めて言われた。

あなたたちはこの民が同盟と呼ぶものを  

  何一つ同盟と呼んではならない。

彼らが恐れる者を、恐れてはならない。

その前におののいてはならない。

万軍の主をのみ、聖なる方とせよ。

あなたたちが畏るべき方は主。

御前におののくべき方は主。

主は聖所にとっては、つまづきの石

イスラエルの両王国にとっては、妨げの岩

エルサレムの住民にとっては

仕掛け網となり、罠となられる。

多くの者がこれに妨げられ、倒れて打ち砕かれ

罠にかかって捕えられる。

 

ヨハネによる福音書21章1~14節

 その後、イエスはティべりアス湖畔で、また弟子たちに御自身を現された。その次第はこうである。シモン・ペテロ、ディディモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの子たち、それに、ほかの二人の弟子が一緒にいた。
 シモン・ペトロが、「わたしは漁に行く」と言うと、彼らは、「わたしたちも一緒に行こう」と言った。彼らは出て行って、舟に乗り込んだ。しかし、その夜何にもとれなかった。既に夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。だが、弟子たちは、それがイエスだとは分からなかった。イエスが、「子たちよ、何か食べる物があるか」と言われると、彼らは、「ありません」と答えた。イエスは言われた。「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」そこで、網を打ってみると、魚があまり多くて、もはや網を引きかげることができなかった。イエスの愛しておられたあの弟子がペトロに、「主だ」と言った。シモン・ペトロは「主だ」と聞くと、裸同然だったので、上着をまとって湖に飛び込んだ。ほかの弟子たちは魚のかかった網を引いて、舟で戻って来た。陸から二百ペキスばかりしか離れていなかったのである。さて、陸に上がってみると、炭火がおこしてあった。その上に、魚がのせてあり、パンもあった。イエスが、「今とった魚を何匹か持って来なさい」と言われた。シモン・ペトロが舟に乗り込んで網を陸に引き上げると、百五十三匹もの大きな魚でいっぱいであった。それほど多くとれたのに、網は破れていなかった。イエスは、「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と言われた。弟子たちはだれも、「あなたはどなたですか」と問いただそうとはしなかった。主であることを知っていたからである。イエスは来て、パンを取って弟子たちに与えられた。魚も同じようにされた。イエスが使者の中から復活した後、弟子たちに現れたのは、これでもう三度目である。
 


2022年4月9日土曜日

4月10日 主日礼拝のご案内(受難節第6主日・しゅろの主日・パームサンデー)

  スマホとLINEによる礼拝参加が可能です。ネット配信はしていません。

希望される方は akotozakura@yahoo.co.jp まで事前にお問い合わせ下さい。

10:30~

招 詞 キリストは人間の姿で現れ、へりくだって死に至るまで、しかも十字架の死にいたるまで従順でした。(フィリピ2章8節)


讃美歌 キリストのゆるしが 私たちの心の すみずみにまで ゆきわたりますように。

 21-311 血潮したたる  21-280 まぶねのなかに


説 教:見よ、この人を 島津 晃

イザヤ書 52章1-8節 

主なる神はこう言われる。はじめ私の民はエジプトに下りそこに宿った。また、アッシリア人は故なくこの民を搾取した。

そして今、ここで起こっていることは何か、と主は言われる。私の民はただ同然で奪い去られ、支配者たちはわめき、私の名は常に、そして絶え間なく侮られている、と主は言われる。

それゆえ、私の民は私の名を知るようになるであろう。それ故、その日には、私が神であることを「見よ、ここにいる」と言う者であることを知るようになる。


ヨハネ福音書 19章1-12節 

そこでピラトはイエスを捕らえ、鞭で打たせた。兵士たちは茨で冠を編んでイエスの頭に載せ、紫の服をまとわせ、そばにやってきては「ユダヤ人の王、万歳」と言って平手で打った。

ピラトはまた出てきて言った。「見よ、あの男をあなたたちのところへ引きだそう。そうすれば、私が彼に何の罪も見いだせないわけが分かるだろう」

イエスは茨の冠をかぶり、紫の服を着けて出てこられた。ピラトは「見よ、この男だ」と言った。

祭司長たちや下役たちは、イエスを見ると「十字架につけろ。十字架につけろ」と叫んだ。

ピラトは言った。「あなたたちが引き取って、十字架に着けるが良い。私はこの男に罪を見いだせない」

ユダヤ人たちは答えた。「私たちには律法があります。律法によれば、この男は死罪にあたります。神の子と自称したからです」

ピラトはこの言葉を聞いてますます恐れ、再び総督官邸の中に入って「お前はどこから来たのか」とイエスに言った。しかし、イエスは答えようとされなかった。

そこでピラトは言った。「私に答えないのか。お前を釈放する権限も、十字架につける権限も、この私にあることを知らないのか」

イエスは答えられた。「神から与えられなければ、私に対して何の権限もないはずだ。だから、私をあなたに引き渡した者の罪はもっと重い」

そこでピラトはイエスを釈放しようと努めた。しかし、ユダヤ人たちは叫んだ。「もし、この男を釈放するなら、あなたは皇帝の友ではない。王と自称する者は皆、皇帝に背いています」


2022年3月13日日曜日

3月20日 主日礼拝のご案内(受難節第3主日)

 スマホとLINEによる礼拝参加が可能です。ネット配信はしていません。

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10:30~

招 詞 あなた方は神に愛されている子どもですから、神にならう者になりなさい(エフェソ 5:5)


讃美歌 キリストの光が 私たちの心の すみずみにまで ゆきわたりますように。

 21-284 荒野の中で  21-196 主の内にこそ


説 教:いのちの道案内 島津 晃


列王記上 19:15-18 

主はエリヤに言われた。「行け、あなたの来た道を引き返し、ダマスコの荒れ野に向かえ。そこに着いたなら、ハザエルに油を注いで彼をアラムの王とせよ。

 ニムシの子イエフにも油を注いでイスラエルの王とせよ。またアベル・メホラのシャファトの子エリシャにも油を注ぎ、あなたに代わる預言者とせよ。

ハザエルの剣を逃れた者をイエフが殺し、イエフの剣を逃れた者をエリシャが殺すであろう。

しかし、わたしはイスラエルに七千人を残す。これは皆、バアルにひざまずかず、これに口づけしなかった者である。」尋ね求めよ、見出しうるときに。呼び求めよ、近くにいますうちに。神に逆らう者はその道を離れ、悪を行う者はそのたくらみを捨てよ。主に立ち返るならば,主は憐れんでくださる。私たちの神に立ち返るならば、豊かに赦して下さる。


ヨハネ福音書 14:1-7 

「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。

わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。

行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。

わたしがどこへ行くのか、その道をあなたがたは知っている。」

トマスが言った。「主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか。」

イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。

あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。」


2022年2月13日日曜日

2月20日 主日礼拝のご案内(受難節前第2主日)

 スマホとLINEによる礼拝参加が可能です。ネット配信はしていません。

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10:30~

招 詞 あなた方の誰一人、罪に惑わされないように

               (ヘブライ 3:13-14)


讃美歌 キリストの力が 私たちの心の すみずみにまで ゆきわたりますように。

 21-358 小羊をば、ほめたたえよ  21-484 主われを愛す


説 教:本心、本音の求め 島津 晃


イザヤ書 55:6-7 

主を尋ね求めよ、見出しうるときに。呼び求めよ、近くにいますうちに。神に逆らう者はその道を離れ、悪を行う者はそのたくらみを捨てよ。主に立ち返るならば,主は憐れんでくださる。私たちの神に立ち返るならば、豊かに赦して下さる。


マタイ福音書 6:25-34 

だから言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物より大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず,倉に納めもしない。だが、あなた方の天の父は鳥を養って下さる。あなた方は鳥よりも価値あるものではないか。あなた方のうち誰が,思い悩んだからといって寿命を延ばすことができようか。何故、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず,紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて,明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ,神はこのように装ってくださる。まして、あなた方はなおさらのことではないか。信仰の薄い者たちよ。だから、何を食べようか,何を飲もうか,何を着ようかと思い悩むな。それらは皆、異邦人が切に求めているものだ。あなた方の天の父は、これらの物が皆、あなた方に必要なことをご存じである。何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすればこれらのものは皆、加えて与えられる。だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は,その日だけで充分である。


2021年9月8日水曜日

9月12日 主日礼拝のご案内(聖霊降臨節第17主日)

 リモートによる礼拝参加も可能です。今のところ、スマホとLINE

希望される方はakotozakura@yahoo.co.jpまで

10:30~

招詞:わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。

(ヨハネによる福音書14章27節)


レビ記19章23~25節

  あなたたちが入ろうとしている土地で、果樹を植えるときは、その実は無割礼のものとみなされねばならない。それは三年の間、無割礼のものであるから、それを食べてはならない。四年目にすべての実は聖なる者となり、主への賛美の献げ物となる。五年目にあなたたちはその実を食べることができる。こうすれば収穫は増し加えられる。わたしはあなたたちの神、主である。

コリント信徒への手紙2 11章22~33節

彼らはヘブライ人なのか。わたしもそうです。イスラエル人なのか。わたしもそうです。アブラハムの子孫なのか。わたしもそうです。キリストに仕える者なのか。気が変になったように言いますが、わたしは彼ら以上にそうなのです。苦労したことはずっと多く、投獄されたこともずっと多く、鞭打たれたことは比較できないほど多く、死ぬような目に遭ったことも度々でした。ユダヤ人から四十に一つ足りない鞭を受けたことが五度。鞭で打たれたことが三度、石を投げつけられたことが一度、難船したことが三度。一昼夜海上に漂ったこともありました。しばし旅をし、川の難、盗賊の難、同胞からの難、異邦人からの難、町での難、荒れ野での難、海上の難、偽の兄弟たちからの難に遭い、苦労し、骨折って、しばしば眠らずに過ごし、飢え渇き、しばしば食べずにおり、寒さに凍え、裸でいたこともありました。このほかにもまだあるが、その上に、日々わたしに迫るやっかい事、あらゆる教会についての心配事があります。だれかが弱っているなら、わたしは弱らないでいられるでしょうか。だれかがつまずくなら、わたしが心を燃やさないでいられるでしょうか。誇る必要があるなら、わたしの弱さにかかわる事柄を誇りましょう。主イエスの父である神、永遠にほめたたえられるべき方は、わたしが偽りを言っていないことをご存じです。ダマスコでアレタ王の代官が、わたしを捕らえようとして、ダマスコの人たちの町を見張っていたとき、わたしは、窓から籠で城壁伝いにつり降ろされて、彼の手を逃れたのでした。

讃美歌:こどもさんびか34番ー①
    讃美歌21-197番、56番

説教:一心になってしたこと 島津牧師

2021年8月29日日曜日

9月5日 主日礼拝のご案内(聖霊降臨節第16主日)

 リモートによる礼拝参加も可能です。今のところ、スマホとLINE

希望される方はakotozakura@yahoo.co.jpまで

10:30~

招詞:ファリサイ派の人々が、神の国はいつ来るのかと尋ねたので、イエスは答えて言われた。「神の国は、見える形では来ない。」(ルカによる福音書17章20節)

レビ記19章33~34節

 寄留者があなたの土地に共に住んでいるなら、彼を虐げてはならない。あなたたちの土地に寄留するものをあなたたちのうちの土地に生まれた者同様に扱い、自分自身のように愛しなさい。なぜなら、あなたたちもエジプトの国においては寄留者であったからである。わたしはあなたたちの神、主である。

テモテへの第二の手紙4章5~8節

しかしあなたは、どんな場合にも身を慎み、苦しみを耐え忍び、福音宣教者の仕事に励み、自分の務めを果たしなさい。
 わたし自身は、既にいけにえとして奉げられています。世を去る時が近づきました。わたしは、戦いを立派に戦い抜き、決められた道を走りとおし、信仰を守り抜きました今や、義の栄冠を受けるばかりです。正しい審判者である主が、かの日にそれを私に授けてくださるのです。しかし、わたしだけではなく、主が来られるのをひたすら待ち望む人には、だれにでも授けてくださいます。

讃美歌:こどもさんびか34ー5番

    讃美歌21-204番、120番

説教:主の家に帰る    島津牧師


2021年8月20日金曜日

8月22日 主日礼拝のご案内(聖霊降臨節第14主日)

 リモートによる礼拝参加も可能です。今のところ、スマホとLINE

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10:30~

招詞: わたしたちが見、また聞いたことを、あなた方にも伝えるのは、あなたがたもわたしたちとの交わりを持つようになるためです。わたしたちの交わりは、御父と御子イエス・キリストとの交わりです。わたしたちがこれらのことを書くのは、わたしたちの喜びが満ちあふれるようになるためです。(ヨハネの手紙11章3~4節)

レビ記19章17~18節

  心の中で兄弟を憎んではならない。同胞を率直に戒めなさい。そうすれば彼の罪を負うことはない。
 復讐してはならない。民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。わたしは主である。

コリントの信徒への手紙2 11章16~21節

 もう一度言います。だれもわたしを愚か者と思わないでほしい。しかし、もしあなたがたがそう思うなら、わたしを愚か者とみなすがよい。そうすれば、わたしも少しは誇ることができる。わたしがこれから話すことは、主の御心に従ってではなく、愚か者として確信して話すのです。多くのものが肉に従って誇っているので、わたしも誇ることにしよう。
 賢いあなたのことだから、喜んで愚か者たちを我慢してくれてるでしょう。実際、あなたがたは誰かに奴隷にされても、食い物にされても、取り上げられても、横柄な態度に出られても、顔を殴りつけられても、我慢しています。言うのも恥ずかしいことですが、わたしたちの態度は弱すぎたのです。だれかが何かのことであえて誇ろうとするなら、愚か者になったつもりで言いますが、わたしもあえて誇ろう。

讃美歌:こどもさんびか34ー3番

    讃美歌21-5番、170番①③⑥

説教:福音の愚かさ    島津牧師


2021年8月9日月曜日

8月15日 主日礼拝のご案内(聖霊降臨節第13主日)

 リモートによる礼拝参加も可能です。今のところ、スマホとLINE

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10:30~

招詞: 自分は正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下している人々に対しても、イエスは次のたとえを話された。

言っておくが、義とされて家に帰ってのは、この人であって、あのファリサイ派の人ではない。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。

(ルカによる福音書18章9,14節)

レビ記19章11~12節

  あなたたちは盗んではならない。うそをついてはならない。互いに欺いてはならない。わたしの名を用いて偽り誓ってはならない。それによってあなたの神の名を汚してはならない。わたしは主である。

コリントへの手紙2 11章1~15節

 わたしの少しばかりの愚かさを我慢してくれたらよいが。いや、あなたがたは我慢してくれています。あなたがたに対して、神が抱いておられる熱い思いをわたしも抱いています。なぜなら、わたしはあなたがたを純潔な処女として一人の夫と婚約させた、つまりキリストに献げたからです。ただ、エバが蛇の悪だくみで欺かれたように、あなたがたの思いが汚されて、キリストに対する真心と純潔とからそれてしまうのではないかと心配しています。なぜなら、あなたがたは、だれかがやって来てわたしたちが宣べ伝えたのとは異なったイエスを宣べ伝えても、あるいは、自分たちが受けたことのない違った霊や、受け入れたことのない違った福音を受けることになっても、よく我慢しているからです。あの大使徒たちと比べて、わたしは少しも引けは取らないと思う。たとえ、話しぶりは素人でも、知識はそうではない。そして、わたしたちはあらゆる点であらゆる面で、このことをあなたがたに示してきました。
  それとも、あなたがたを高めるため、自分を低くして神の福音を無報酬で告げ知らせたからといって、わたしは罪を犯したことになるでしょうか。わたしは、他の諸教会からかすめ取るようにしてまでも、あなたがたに奉仕するための生活費を手に入れました。
 あなたがたのもとで生活に不自由したとき、だれにも負担をかけませんでした。マケドニア州から来た兄弟たちが、わたしの必要を満たしてくれたからです。そして、わたしは何事においてもあなたがたに負担をかけないようにしてきたし、これからもそうするつもりです。わたしの内にあるキリストの真実にかけて言います。このようにわたしが誇るのを、アカイヤ地方で妨げられることは決してありません。なぜだろうか。わたしがあなたがたを愛していないからだろうか。神がご存じです。
 わたしは今していることを今後も続けるつもりです。それは、わたしたちと同様に誇れるようにと機会をねらっている者たちから、その機会を断ち切るためです。こういう者たちは偽使徒、ずる賢い働き手であって、キリストの使徒を装っているのです。だが、驚くには当たりません。サタンでさえ光の天使を装うのです。だから、サタンに仕える者たちが、義に仕える者を装うことなど、大したことではありません。彼らは、自分たちの業に応じた最後を遂げるでしょう。

讃美歌:こどもさんびか34番②

    讃美歌21ー51番、373番

説教:偽装ではなく真心で    島津牧師



2021年7月11日日曜日

7月18日主日礼拝のご案内(聖霊降臨節第9主日)

  リモートによる礼拝参加も可能です。今のところ、スマホとLINE

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10:30~

招詞:イエスは目を上げ、大勢の群衆が御自分の方へ来るのを見て、フィリポに、「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」と言われたが、こう言ったのはフィリポを試みるためであって、御自分では何をしようとしているか知っておられたのである。(ヨハネによる福音書6章5~6節)

レビ記19章9~10節

穀物を収穫するときは、畑の隅まで借り尽くしてはならない。収穫後の落ち穂を拾い集めてはならない。ぶどうも、摘み尽くしてはならない。ぶどう畑の落ちた実を拾い集めてはならない。これらは貧しい者や寄留者のために残しておかねばならない。わたしはあなたたちの神、主である。

コリント信徒への手紙二9章11~15節

 あなたがたはすべてのことに富む者とされて惜しまず施すようになり、その施しは、わたしたちを通じて神に対する感謝の念を聖なる者たちの不足しているものを補うばかりでなく者たちの不足しているものを補うばかりでなく、神に対する多くの感謝を通してますます盛んになるからです。この奉仕の業が実際に行われた結果として、彼らは、あなたがたがキリストの福音を従順に公言していること、また、自分たちや他のすべての人々に惜しまず施しを分けてくれることで、神をほめたたえます。更に、彼らはあなたがたに与えられた神のこの上なく素晴らしい恵みを見て、あなたがたを慕い、あなたがたのために祈るのです。言葉では言い尽くせない贈り物について神に感謝します。

讃美歌:こどもさんびか34ー③

    讃美歌21ー75番、553番

説教:神の恵みをこの目で見た     島津牧師


2021年7月10日土曜日

7月11日主日礼拝のご案内(聖霊降臨節第8主日・部落解放祈りの日)

  リモートによる礼拝参加も可能です。今のところ、スマホとLINE

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10:30~

招詞:神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ。すべての人は、神によって生きているからである。(ルカによる福音書20章38節)

申命記34章1~8節

モーセはモアブの平野からネボ山、すなわちエリコの向かいにあるピスガの山頂に登った。主はモーセに、すべての山頂が見渡せるようにされた。ギレアドからダンまで、ナフタリの全土、エフライムとマナセの領土、西の海に至るユダの全土、ネゲブおよびなつめやしの茂る町エリコの谷からツァアルまでである。主はモーセに言われた。
 「これらがあなたの子孫に与えるとわたしがアブラハム、イサク、ヤコブ、に誓った土地である。わたしはあなたがたがそれを自分の目で見るようにした。あなたはしかし、そこに渡って行くことはできない。」
  主の僕モーセは、主の命令によってモアブの地で死んだ。主は、モーセをベト・ペオルの近くのモアブの地にある谷に葬られたが、今日に至るまで、だれも彼が葬られた場所を知らない。モーセは死んだとき、百二十歳であったが、目はかすまず、活力もうせてはいなかった。イスラエルの人々はモアブの平野で三十日の間、モーセを悼んで泣き、モーセのために喪に服して、その期間は終わった。

讃美歌:こどもさんびか34ー②

    讃美歌21ー472番、111番

説教:はるかに望み見る     大澤牧師

2021年7月3日土曜日

7月4日主日礼拝のご案内(聖霊降臨節第7主日・松本教会143周年)

  リモートによる礼拝参加も可能です。今のところ、スマホとLINE

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10:30~

招詞:こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。(ローマの信徒への手紙12章1節)

レビ記19章1~2節

 主はモーセに仰せになった。

 イスラエルの人々の共同体全体につげてこう言いなさい。

 あなたたちは聖なる者となりなさい。あなたたちの神、主であるわたしは聖なる者である。

コリント信徒への手紙2 9章8~10節

 神は、あなたがたがいつもすべての点ですべてのものに十分で、あらゆるよい業に満ちあふれるように、あらゆる恵をあなたがたに満ちあふれさせることがおできになります。
 「彼は惜しみなく分け与え、貧しい人に施した。
 彼の慈しみは永遠に続く」
と書いてあるとおりです。種を蒔く人に種を与え、パンを糧としてお与えになる方は、あなたがたに種を与えて、それを増やし、あなたがたの慈しみが結ぶ実を成長させてくださいます。

讃美歌:こどもさんびか34番④番

    讃美歌21-79番、453番

説教 :喜んで受け惜しみなく分けて  島津牧師

6月6日 主日礼拝のご案内(聖霊降臨節第3主日)

 リモートによる礼拝参加も可能です。今のところ、スマホとLINE

希望される方はakotozakura@yahoo.co.jpまで

10:30~

招詞:神の国は飲み食いではなく、聖霊によって与えられる義と平和の喜びなのです。(ローマの信徒への手紙14章17節)

創世記28章10~22節

 ヤコブはベエル・シェバを立ってハランへ向かった。とある場所に来たとき、日が沈んだので、そこで一夜を過ごすことにした。ヤコブはその場所にあった石を一つ取って枕にして、その場所に横たわった。
 すると、彼は夢を見た。先端が天まで達する階段が地に向かって伸びており、しかも、神の御使いたちがそれを上ったり下ったりしていた。見よ、主が傍らに立って言われた。
 「わたしは、あなたの父祖アブラハムの神、イサクの神、主である。あなたが今横たわっているこの土地を、あなたとあなたの子孫に与える。あなたの子孫は大地の砂粒のように
多くなり、西へ、東へ、北へ、南へと広がっていくであろう。地上の氏族はすべて、あなたとあなたの子孫によって祝福に入る。見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない。」
  ヤコブは眠りから覚めて言った。
 「まことに主がこの場所におられるのに、わたしは知らなかった。」
  そして恐れおののいて言った。
 「ここは、なんと畏れ多い場所だろう。これはまさしく神の家である。そうだ、ここは天の門だ。」
  ヤコブは次の朝早く起きて、枕にしていた石を取り、それを記念碑として立て、先端に油を注いで、
 その場所をベテル(神の家)と名付けた。ちなみに、その町の名はかつてルズと呼ばれていた。
  ヤコブはまた、誓願を立てて言った。
 「神がわたしと共におられ、わたしが歩むこの旅路を守り、食べ物、着る物を与え、無事に父の家に帰らせてくださり、主がわたしの神となられるなら、
 わたしが記念碑として立てたこの石を神の家とし、すべて、あなたがわたしに与えられるものの十分の一をささげます。」

使徒言行録2章17~21節

 『神は言われる。
 終わりの時に、
 わたしの霊をすべての人に注ぐ。
 すると、あなたたちの息子と娘は預言し、
 若者は幻を見、老人は夢を見る。
 わたしの僕やはしためにも、
 そのときには、わたしの霊を注ぐ。
 すると、彼らは預言する。
 上では、天に不思議な業を、
 下では、地に徴を示そう。
 血と火と立ちこめる煙が、それだ。
 主の偉大な輝かしい日が来る前に、
 太陽は暗くなり、
 月は血のように赤くなる。
 主の名を呼び求める者は皆、救われる。』

讃美歌:こどもさんびか34番ー⑤

    讃美歌21ー37番、354番

説教:夢みる老人、幻を追う若人   島津牧師

2021年5月29日土曜日

5月30日 主日礼拝のご案内(聖霊降臨節第2・三位一体主日)

 リモートによる礼拝参加も可能です。今のところ、スマホとLINE

希望される方はakotozakura@yahoo.co.jpまで

10:30~

招詞:あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるのか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。(ローマの信徒への手紙12章2節)

イザヤ書57章15~19節

 高く、あがめられて、永遠にいまし
 その名を聖と唱えられるこの方がこう言われる。
 わたしは、高く、聖なる所に住み
 打ち砕かれて、へりくだる霊の人と共にあり
 へりくだる霊の人に命を得させ
 打ち砕かれた心の人に命を得させる。
 わたしは、とこしえに責めるものではない。
 永遠に怒りを燃やすものでもない。
 霊がわたしの前で弱り果てることがないように
 わたしの造った命ある者が。
 貪欲な彼の罪をわたしは怒り
 彼を打ち、怒って姿を隠した。
 彼は背き続け、心のままに歩んだ。
 わたしは彼の道を見た。
 わたしは彼をいやし、休ませ 
 慰めをもって彼を回復させよう。
 民のうちの嘆く人々のために
 わたしは唇の実りを創造し、与えよう。
 平和、平和、遠くにいる者にも近くにいる者にも。
 わたしは彼をいやす、と主は言われる。

ヨハネによる福音書3章1~8節

 さて、ファリサイ派に属する、ニコデモという人がいた。ユダヤ人たちの議員であった。
 ある夜、イエスのもとに来て言った。「ラビ、わたしどもはあなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、だれも行うことはできないからです。」イエスは答えて言われた。「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」ニコデモは言った。「年をとった者がどうして生まれることができましょう。もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか。」イエスはお答えになった。「はっきり言っておく。だれでも水と霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできない。肉から生まれた者は肉である、霊から生まれた者は霊である。
 『あなたがたは新たに生まれねばならない』とあなたに言ったことに、驚いてはならない。風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」

讃美歌:こどもさんびか34④

    讃美歌21ー353番、345番

説教:天を見上げ胸をひらいて  島津牧師


2021年5月8日土曜日

5月9日 主日礼拝のご案内(復活節第6主日)

 リモートによる礼拝参加も可能です。今のところ、スマホとLINE

希望される方はakotozakura@yahoo.co.jpまで

10:30~

招詞:神は、すべての人々が救われて真理を知るようになることを望んでおられます。神は唯一であり、神と人との間の仲介者も、人であるキリスト・イエスただおひとりなのです。(テモテへの手紙1 2章4~5節)

創世記50章14~22節

 ヨセフの兄弟たちは、父が死んでしまったので、ヨセフがことによると自分たちをまだ恨み、昔ヨセフにしたすべての悪に仕返しをするのではないかと思った。そこで、人を介してヨセフに言った。
「お父さんは亡くなる前に、こう言っていました。『お前たちはヨセフにこう言いなさい。確かに、兄たちはお前に悪いことをしたが、どうか兄たちの咎と罪を赦してやってほしい。』お願いです。どうか、あなたの父の神に仕える僕たちの咎を赦してください。」
 これを聞いて、ヨセフは涙を流した。やがて、兄たち自身もやって来て、ヨセフの前にひれ伏して、「このとおり、私どもはあなたの僕です」と言うと、ヨセフは兄たちに言った。
 「恐れることはありません。わたしが神に代わることができましょうか。あなたがたはわたしに悪をたくらみましたが、神はそれを善に変え、多くの民の命を救うために、今日のようにしてくださったのです。
 どうか恐れないでください。このわたしが、あなたたちとあなたたちの子供を養いましょう。」
 ヨセフはこのように、兄たちを慰め、優しく語りかけた。 

讃美歌:こどもさんびか34番-①

    讃美歌21ー6番、453番

説教:泣き虫ヨセフ      大澤牧師


2021年5月1日土曜日

5月2日(復活節第5主日)主日礼拝のご案内

 リモートによる礼拝参加も可能です。今のところ、スマホとLINE

希望される方はakotozakura@yahoo.co.jpまで

10:30~

招詞:あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。(コロサイの信徒への手紙3章23~13節)

申命記32章43~47節

 国々よ、主の民に喜びの声をあげよ。
 主はその僕らの血に報復し
 苦しめる者に報復して、その民の土地を贖われる。
  モーセは、ヌンの子ホシュアと共に来て、この歌の言葉をすべて民に聞かせた。
  モーセは全イスラエルにこれらの言葉をすべて語り終えてから、こう言った。
 「あなたたちは、今日わたしがあなたたちに対して証言するすべての言葉を心に留め、子供たちに命じて、この律法の言葉をすべて忠実に守らせなさい。
 それは、あなたたちにとって決してむなしい言葉ではなく、あなたたちの命である。この言葉によって、あなたたちはヨルダン川を渡って得る土地で長く生きることができる。」

ルカによる福音書24章44~53節

  イエスは言われた。「わたしについてモーセの律法と預言者の書と詩編に書いてあるっ事柄は、必ずすべて実現する。これこそ、まだあなたがたと一緒にいたころ、言っておいたことである。」そしてイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて、言われた。「次のように書いてある。『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる』と。エルサレムから始めて、 
 あなたがたはこれらのことの証人となる。わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい。」
  イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、、手を上げて祝福された。そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに帰り、絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた。

讃美歌:こどもさんびか34番⑤

    讃美歌21-5番、332番

説教:聖書が本当にわかったら    島津牧師

2021年4月23日金曜日

4月25日 主日礼拝のご案内(復活節第4主日)

 リモートによる礼拝参加も可能です。今のところ、スマホとLINE

希望される方はakotozakura@yahoo.co.jpまで

10:30~

招詞:最も大切なこととして私があなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、(コリント人への手紙1 15節3~5節)

ダニエル書3章28~33節

ネブカドネツァル王は言った。

 「シャドラク、メシャク、アベド・ネゴの神をたたえよ。彼らは王の命令に背き、体を犠牲にしても自分の神に依り頼み、自分の神以外にはいかなる神にも仕えず、拝もうとしなかったので、この僕たちを、神は御使いを送って救われた。わたしは命令する。いかなる国、民族、言語に属する者も、シャドラク、メシャク、アベド・ネゴの神をののしる者があれば、その体は八つ裂きにされ、その家は破壊される。まことに人間をこのように救うことのできる神はほかにいない。」

 こうして王はシャドラク、メシャク、アベド・ネゴをバビロン州で高い位につけた。

  ネブカドネツァル王は、全世界の諸国、諸族、諸言語の住民に、いっそうの繁栄を願って、挨拶を送る。

 さて、わたしはいと高き神がわたしになさったしるしと不思議な御業を知らせる。 

 この神のしるしは、いかに偉大であり 

 不思議な御業は、いかに力あることか。

 その御国は永遠の御国であり、支配は代々に及ぶ。

ルカによる福音書24章36~43節

  こういうことを話していると、イエスご自身が彼らの真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。彼らは恐れおののき、亡霊を見ているのだと思った。そこで、イエスは言われた。「なぜ、うろたえているのか。どうして心に疑いを起こすのか。わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしだ。触ってよく見なさい。亡霊には肉も骨もないが、あなたがたに見えるとおり、わたしにはそれがある。」
 こう言って、イエスは手と足をお見せになった。
 彼らが喜びのあまりまだ信じられず、不思議がっているので、イエスは、「ここに何か食べ物があるか」と言われた。そこで、焼いた魚を一切れ差し出すと、イエスはそれを取って、彼らの前で食べられた。

讃美歌:こどもさんびか34番④

    讃美歌21ー165番、479番

説教:キリストがいる平和と喜び   島津牧師

2021年4月17日土曜日

4月18日主日礼拝のご案内(復活節第3主日)

  リモートによる礼拝参加も可能です。今のところ、スマホとLINE

希望される方はakotozakura@yahoo.co.jpまで

10:30~

招詞:それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである。わたしは羊のために命を捨てる。わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない。その羊もわたしの声を聞き分ける。こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる。(ヨハネによる福音書10章15~16節)

エゼキエル34章11~16節

 まことに、主なる神はこういわれる。見よ、わたしは自ら自分の群れを探し出し、彼らの世話をする。
 牧者が、自分の羊がちりぢりになっているときに、その群れを探すように、わたしは自分の羊を探す。わたしは自分の羊を探す。わたしは雲と密雲の日に散らされた群れを、すべての場所から救い出す。わたしは彼らを諸国の民からの中から連れ出し、諸国から集めて彼らの土地に導く。わたしはイスラエルの山々、谷間、また居住地で彼らを養う。イスラエルの高い山々は彼らの牧場となる。彼らはイスラエルの山々で憩い、良い牧場と肥沃な牧草地で養われる。
 わたしがわたしの群れを養い、憩わせる、と主なる神は言われる。わたしは失われたものを尋ね求め、追われたものを連れ戻し、傷ついたものを包み、弱ったものを強くする。しかし、肥えたものと強いものを滅ぼす。わたしは公平をもって彼らを養う。

ルカによる福音書24章25~35節

そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。
 一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとなさる様子だった。二人が、「一緒にお泊りください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。

讃美歌:こどもさんびか34番ー③

     讃美歌21-151番、334番

説教:ほんとうにわかる喜び   島津先生





2021年4月10日土曜日

4月11日 主日礼拝のご案内(復活節第2主日)

 リモートによる礼拝参加も可能です。今のところ、スマホとLINE

希望される方はakotozakura@yahoo.co.jpまで

10:30~

招詞:あなたがたは、キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びに満ちあふれています。(ペトロへの手紙1 1章8節)

創世記:24章1~4,9~14節

 アブラハムは多くの日を重ね老人になり、主は何事においてもアブラハムに祝福をお与えになっていた。
  アブラハムは家の全財産を任せている年寄りの僕に言った。
 「手をわたしの腿の間に入れ、天の神、地の神である主にかけて誓いなさい。あなたはわたしの息子の嫁をわたしが今住んでいるカナンの娘から取るのではなく、わたしの一族のいる故郷へ行って、嫁を息子イサクのために連れてくるように。」
  
  そこで、僕は主人アブラハムの腿の間に手を入れ、このことを彼に誓った。僕は主人のらくだの中から十頭を選び、主人から預かった高価な贈り物を多く携え、アラム・ナハライムのナホルの町に向かって出発した。
  女たちが水くみに来る夕方、彼は、らくだを町外れの井戸の傍らに休ませて、祈った。
 「主人アブラハムの神、主よ。どうか、今日、わたしを顧みて、主人アブラハムに慈しみを示してください。わたしは今、ご覧のように、泉の傍らに立っています。この町に住む人の娘たちが水をくみに来たとき、その一人に、『どうか、水がめを傾けて、飲ませてください』と頼んでみます。その娘が、『どうぞ、お飲みください。らくだにも飲ませてあげましょう』と答えれば、彼女こそ、あなたがあなたの僕イサクの嫁としてお決めになったものとさせてください。そのことによってわたしは、あなたが、主人に慈しみを示されたのを知るでしょう。」

ヨハネによる福音書17章21~26節

 父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしをお遣わしになったことを信じるようになります。あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。わたしが彼らの内におり、あなたがわたしの内におられるのは、彼らが完全に一つになるためです。こうして、あなたがわたしをお遣わしになってこと、また、わたしを愛しておられたように、彼らをも愛しておられたことを、世が知るようになります。父よ、わたしに与えてくださった人々を、わたしのいる所に共におらせてください。それは、天地創造の前からわたしを愛して、与えて下さったわたしの栄光を、彼らに見せるためです。正しい父よ、世はあなたを知りませんが、わたしはあなたを知っており、この人々はあなたがわたしを遣わされたことを知っています。わたしは御名を彼らに知らせました。また、これからも知らせます。わたしに対するあなたの愛が彼らの内にあり、わたしも彼らの内にいるようになるためです。」

讃美歌:こどもさんびか34番②

    讃美歌21ー335番、517番

説教:エリエゼルの知恵     大澤牧師



2021年4月2日金曜日

4月4日主日礼拝のご案内(復活節第1主日・イースター)

  リモートによる礼拝参加も可能です。今のところ、スマホとLINE

希望される方はakotozakura@yahoo.co.jpまで

10:30~

招詞:だから、わたしたちは落胆しません。たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても「内なる人」は日々新たにされていきます。(コリント信徒への手紙2 4章16節)

イザヤ40章9~11節

9高い山に登れ
 良い知らせをシオンに伝える者よ。
 力を振るって声をあげよ
 良い知らせをエルサレムに伝える者よ。
 声をあげよ、恐れるな
 ユダの町々に告げよ。
 
 見よ、あなたたちの神
10見よ、主なる神。
 彼は力を帯びて来られ
 御腕をもって統治される。
 見よ、主のかち得られたものは御もとに従い
 主の働きの実りは御前を進む。
11主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め
 小羊をふところに抱き、その母を導いて行かれる。

ルカによる福音書23章56節-b~24章12節

 婦人たちは、安息日には掟に従って休んだ。
  そして、週の初めの日の明け方早く、準備しておいた香料を持って墓に行った。見ると、石が墓のわきに転がしてあり、中に入っても、主イエスの遺体が見当たらなかった。そのため途方に暮れていると、輝く衣を着た二人の人がそばに現れた。婦人たちが恐れて地に顔を伏せると、二人は言った。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガリラヤにおられたころ、お話になったことを思い出しなさい。人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか。」そこで、婦人たちはイエスの言葉を思い出した。そして、墓から帰って、十一人とほかの人皆に一部始終を知らせた。それは、マグダラのマリア、ヨハナ、ヤコブの母マリア、そして一緒にいた他の婦人たちであった。婦人たちはこれらのことを使徒たちに話したが、使徒たちは、この話がたわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった。しかし、ペトロは立ち上がって墓へ走り、身をかがめて中をのぞくと、亜麻布しかなかったので、この出来事に驚きながら家に帰った。

讃美歌:こどもさんびか34番ー①

    讃美歌21ー322番、333番

説教:思い起こせ     島津牧師